抗がん剤「もうやらない」と中断
腎臓にがんが見つかった長野県松本市の磯辺紀子さん(73)は昨年6月、次女の恵美さんが住む飯田市内の病院に入院した。右側の腎臓にできた腫瘍は、心臓近くの静脈や、左側の腎臓の静脈の中でも破れやすい場所にまで広がっていた。このままでは、手術はできない。さらに調べると、がんは尿路につながる「腎う」という場所にできる、転移しやすいタイプだとわかった。何もしなければ、余命は1カ月単位。でも、抗がん剤で腫瘍が小さくなれば、手術ができるようになる可能性も残っていた。抗がん剤治療は予想以上につらかった。食欲が落ち、だるさが日毎に増した。水を飲むと「生き返るなあ。水が一番おいしい」と話した。じんましんも出た。副作用に加え、点滴の管につながって動ける範囲が狭まったことや、腎機能障害を防ぐための利尿剤のせいで夜中も1時間おきにトイレへ行くことが、紀子さんには耐えられなかった。抗がん剤が効く望みは、ないわけではない。でも、その確率は低い。医師である恵美さんの夫はそう考えていた。紀子さんと恵美さん夫妻は、病院の談話室で、今後の抗がん剤治療について、話し合った。「縛り付けられたくない。もうやらない」と紀子さんは言った。恵美さんも、日頃から「コロリと逝きたい」と繰り返していた母の思いを尊重しようと考えた。「やめよう。帰ろう」。抗がん剤の中断を決めた。翌日紀子さんは退院し、疲れとだるさをひきずりながら恵美さんの家に戻った。(朝日新聞)
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