東京都内に住むグラフィックデザイナーの徳永寛子さん(33)の左肩には、大きなほくろがあった。「形が変で気持ち悪いから、取ってもらいなよ」。薄着をする季節になると、夫(43)からたびたび言われた。ほくろは20歳を過ぎたころからあったと思う。でも、鏡越しでないと見えないし、痛くもかゆくもない。それほど気にしていなかった。直径約1センチ。輪郭はいびつで、アメーバのようだった。2012年4月、軽い気持で自宅近くの皮膚科を受診した。医師はほくろを見ると「メラノーマ(悪性黒色腫)かもしれません」と言って、総合病院への紹介状を書いてくれた。数日後、近くの総合病院の皮膚科を受診した。医師が何人も入れ替わりやってきた。ほくろを見るたびに「あっ」とか「わー」と漏らすのが気になった。「あそらくメラノーマだと思います。切除はできますが、体の別の部位から皮膚を移植する必要があります」と告げられた。「皮膚を移植するために、余計な傷をつくるなんて・・・・」。メラノーマという耳慣れない言葉より、皮膚移植が気がかりだった。病院を出ると、すぐに実家の母(60)に電話した。「ほかの病院で診てもらわなくていいの?」。母から言われてハッとした。ほくろを見るなり声を出し、珍しそうに診察する医師の態度に違和感があった。総合病院に行った2日後、メラノーマに詳しい病院としてネットに出ていた中央区の石原診療所(現・かちどき皮膚科クリニック)を訪れた。診察したのは野呂佐知子医師。国立がん研究センター(東京都中央区)に勤務したことがある。ひと目見てメラノーマだと確信した。不安で涙を浮かべる徳永さんに、ゆっくり話した。「メラノーマの治療は適切に取ることが大切です。がんセンターを紹介するので、安心して任せていいですよ」。野呂医師はその場でがんセンターの医師に電話をしてくれた。紹介先を聞いて、徳永さんは改めて気づいた。「やっぱりがんなんだ。皮膚の移植が嫌だとか、言っている場合じゃないな」。(7月14日 朝日新聞 患者を生きる メラノーマより)