東京都の女性(61)は、ブラジャーなどの下着をデザインして、型紙を作る「下着パタンナー」だ。「姿勢も着こなしも、下着次第で美くなります」。腕を上げ下げしてもずれにくい機能性や快適さも追及し、1千人を超す女性の胸を計測してきた。服飾専門学校で学び、アパレル企業に就職。子育てが落ち着いてから独立した。取引先と契約して工場に生産を発注。毎月、海外の工場に出張する生活が続いた。2009年4月、聖路加国際病院(東京都中央区)で3年ぶりに健康診断を受けた。終了後、面接をした医師に告げられた。「マンモグラフィーで異常が見つかりました。すぐに詳しい検査を受けてください」。画像を見せてもらうと、左胸の上部に白いかたまりがあるのがわかった。乳がんの疑いもあるというが、実感がわかない。「しこりなんて全くないのに・・・」。乳がんと言えば、コリコリとしたしこりができるものだと思っていた。以前、自分で乳房をさわって確かめる自己検診の方法を習ってから、たまに浴室でチェックしていた。だが、しこりを見つけたことはなかった。ただ前年ごろから、胸に異変はあった。左胸の乳首が乳房の内側に埋没する「陥没乳頭」になっていた。それが乳がんの兆候となるケースもあるとは知らなかった。数日後、乳がんを専門に診る院内のブレストセンターを受診。針生検や超音波検査と進み、「もしかしたら」という怖さがじわじわと増した。検診から2カ月後、医師から結果を告げられた。「乳がんです。全摘手術になると思います」。病期は0~4の5段階のうち、「ステージ2」だった。「痛くもかゆくもないのに、手術しないといけないんだ」。現実味がなく、医師の説明もほとんど耳に入らなかった。「仕事はどうしよう」。まずその事が気になった。新しいブラジャーができると、自分の体でつけ心地を確かめ、不具合を修正するのも大事な製作工程だった。手術後は、それができなくなってしまう。そんなことを考えた。(7月21日 朝日新聞 患者を生きる 乳房の切除より)