右の肺にがんが見つかった神奈川県の主婦渡辺久子さん(68)は2008年、神奈川県立循環器呼吸器病センター(横浜市)で中葉の摘出手術を受けた。腫瘍を詳しく調べた結果、肺がんの5割を占め、最も患者数が多い「肺腺がん」とわかった。がんは肺を覆う胸膜に達しており、さらに転移する恐れがあるという。渡辺さんは当時、近くの運送会社でパート社員として働いていた。手術を機に退職を申し出たが、会社の担当者は「体調が良くなったら、戻っておいで」と声をかけてくれた。手術後2カ月ほどで復職した。仕事中、特に息苦しさを感じることはなかった。月に1回、X線検査を受け、腫瘍マーカーの値を確認した。手術から1年3カ月後の2010年3月、左右の肺の間にある「縦隔」のリンパ節に転移が見つかった。「やっぱり、がんは散らばっていたんだ」。落ち込む気持を振り払ってくれたのは、孫たちの存在だった。「孫の成長を見続けるために、がんと闘おう」と決めた。手術で取った腫瘍は、細胞の増殖に関係する「EGFR」と呼ばれる遺伝子が変異していることがわかっていた。この遺伝子に変異がある人は、肺腺がんの半数を占める。女性に多く、たばこを吸わない人にも多い。主治医の呼吸器内科医長、加藤晃史さん(50)は、「変異がある遺伝子を標的にした薬が効くタイプですよ」と説明した。当時、この遺伝子を標的とした薬には「ゲフィチニブ(販売名イレッサ)」と「エルロチニブ」があったが、さらに効果が期待される新薬の「アファチニブ」の臨床試験(治験)が始まっていた。加藤さんは「治験に参加してみませんか」と提案した。参加してもいつでもやめられる。下痢や皮膚の湿疹などの副作用が出る恐れはあるというが、従来の抗がん剤のように髪が抜けたりしないのも魅力に感じた。「自分の経験が、誰かのためになるのであれば」と参加を決めた。治験といっても、決まった時間に新薬を1錠飲むだけだった。しかしその後、「眠れないほど激しい副作用」に悩まされるようになる。(8月5日 朝日新聞 患者を生きる 副作用と向き合うより)