精巣がんと診断され、2014年1月に精巣を摘出した神奈川県の男性(37)は手術から2週間後、県立がんセンターに転院することになった。「ここまで進行した状態では、より専門性の高い抗がん剤治療をしなければ命は救えない」。担当医から転院の理由を説明された。「睾丸が腫れた状態で早く病院に行けばよかった」「初めて血痰が出たときに、なぜ医師に診てもらわなかったのか」。男性は受診が遅れてことを後悔し、自身を責めた。血痰は、精巣から転移したがんが肺の組織を攻撃し、出血したのが原因だった。転院先では泌尿器科部長の岸田健さん(62)が主治医になった。「絶対に治すつもりでやりますから、あなたもがんばってください」と語りかけた。男性は「この先生にすべてをかけてみよう」と前向きな気持になれた。精巣がんの治療は、腫瘍のある精巣を摘出し、その後、転移先のがんを腫瘍マーカーの値を見ながら抗がん剤でたたくのが基本だ。男性は、転院した翌日から抗がん剤治療が始まった。岸田さんから「つらい治療になると覚悟してください」と告げられた。精巣がんは抗がん剤治療で8割の患者が治るが、進行が早く副作用も強いため、治療中に亡くなる可能性もあるという。また、摘出手術を受けた病院と同じように、将来的に子どもを希望するのんら精子を凍結保存する方法があることも説明された。2人の子どもがいるので、必要ないという答えは変らなかった。治療は、標準的な抗がん剤tと別の抗がん剤を、それぞれ1クール3週間で計8クール続けた。腫瘍マーカーの値が目標まで下がらず、さらに別の抗がん剤を1クール3週間で4クール続けた。副作用で髪の毛がすべて抜けた。ただ、吐き気はなく、食事は何とか維持できた。そのため、体重はほとんど減らなかった。クールとクールの間には数日から数週間、自宅に帰ることができた。妻(32)の手料理を子どもと一緒に食べ、英気を養った。「入院中いちばんの楽しみだった」。退院できたのは2015年2月。抗がん剤治療を始めてから1年近くたっていた。(9月3日 朝日新聞 患者を生きる 精巣の摘出より)