東京都内に住むピアノ教師の女性(54)は2009年9月の連休中、寝室でベッドから起き上がるとき、足元がふらついた。目の奥から首筋にかけて、鈍い痛みも感じた。「いつもの頭痛だろう。レモンティーでも入れようか」。居間に行き、上の棚に手を伸ばしたとたん、突然目がくらみ、意識が遠のいた。手を伸ばしたまま、瞬きもできず、ふらふらと体が回り出した。たまたま、そばにいた母親(82)が女性を抱きかかえ、じゅうたんの上に寝かせた。体全体がけいれんし始め、止まらない。母親の知らせを聞いて駆けつけた隣人の女性が励ました。「大丈夫よ!」その声で、一時的に意識が戻った。「ショートパンツをはいていて恥ずかしい」真っ先にそんな事を思うと、隣人の女性が足にタオルをかけてくれた。母が呼んだ救急車が到着し、隊員から瞳にペンライトの光を当てられたのを覚えている。ただ、自分の置かれた状況がよくわからず、「どうして、こんな大げさなことになっているのだろう」と不思議に感じた。「お騒がわせしてすみません。もう大丈夫ですからお引き取りください」。救急隊員にそう話した。近くの総合病院に運ばれ、救急救命室で、夫(57)が医師からCT検査の結果を聞いた。「脳内に出血した跡はありませんが、前頭葉に腫瘍のようなものがみられます。休みが明けたら、MRIで詳しく検査しましょう」。入院して4日目にMRIなどの検査を受け、翌日、結果を知らされた。医師によると、腫瘍は右前頭葉にあり、「グリオーマ」という種類と考えられるとのことだった。がん検診でポリープが見つかったこともあった。「覚悟はしていたけど、40代でなるのは、ちょっと早いな」と思った。以前からほとんど毎晩、金縛りにあったかのように体が硬直したり、手の力が抜けて鉛筆や食器を落としたりしていた。だいぶ前から、小さな発作が起きていたかもしれない。「もっと早く、検査を受ければよかった」。そう後悔した。(9月15日 朝日新聞 患者を生きる 脳の機能を残すより)