血液がんの一種「悪性リンパ腫」と診断された奈良県の穐鹿恭悦さん(68)は2005年12月、自宅近くの総合病院に入院して治療を受けることになった。リンパ腫の広がりなどから判定する1~4の病期は3期だった。大手メーカーに入社して以来、仕事優先で働きづめだった。当時は定年退職が見えてきたころで、仕事を任せられる部下もいた。治療を優先させたいと思った。会社に電話をし、「悪性リンパ腫の中でも進行が遅いタイプです。それほど治療を急ぐ状態ではないけれど、自分としては早く治療をしたい」と状況を伝えた。入院後、改めて詳細な検査を受けた。尿・便・採血検査のほか、CT、腹部・胸部のX線、エコー。骨髄にがん細胞が広がっていないかを調べるため、骨髄の抜き取り検査もした。12月27日、本格的な治療が始まった。「R-CHOP療法」と呼ばれる治療法で、「R]は分子標的薬「リツキシマブ(販売名リツキサン)」の頭文字。それと抗がん剤による治療を、2~3週間ごとに計6~8回ほど、約半年かけて繰り返す。リツキシマブは2001年に保険適用された当時まだ新しい薬。この薬の登場で、悪性リンパ腫の治療成績はかなり向上したと言われる。1クールは5日間。はじめの2日間は点滴治療で、少し胸のあたりにむかつきを感じたが、体調の変化はそれほどなかった。錠剤だけ服用する日もあった。妻(68)が、腫れ物を治す神様として知られる神社に通い、何度もお百度参りをしてくれた。その妻がもらってきてくれたお守りを、入院中は寝巻きのポケットにいつも入れていた。治療開始から5日目。大みそかにいったん自宅に戻ることができた。帰省した長女や次女、長男。孫たちと一緒に過ごした。新年を迎え、「人生最大の岐路にいる」と感じた。好きな言葉は、「人間万事塞翁が馬」。大学受験も就職も、人生の局面を振り返っても、未来を正確に予測できたためしはない。人生はその繰り返しだ。「とにかく目の前の治療に専念するしかない」。そう覚悟を決めた。(9月23日 朝日新聞 患者を生きる 悪性リンパ腫より)