2012年11月、徳島県鳴門市の野内豊伸さん(37)は大阪市立大病院(大阪市阿倍野区)で、胆管がんと診断された。主治医の肝胆膵外科の久保正二医師から「今から手術しますか」と聞かれた。「がん」と言われることは覚悟していたが、受診したその日のうちに手術をするという話はさすがに驚いた。「そんなに大変な病気なんや」。それでも、仕事の都合もあって、急に休むことは難しいと思った。幸い、がんは周りの組織にまで広がっていないようだった。手術は年が明けてから受けることにした。自宅に戻った野内さんは、趣味で集めたワインのボトルを眺めた。胆管がんについてインターネットなどで調べ、進行すると生存率が低いことを思い出した。「手術したら、飲めへんやろな」。思い切って貴重なウィン12本、合わせて約50万円分の栓を開け、手術までの2カ月間で飲み干した。2013年1月、手術で肝臓の3分の1を切り取った。手術はうまくいったものの、切り取った周辺が化膿して、1週間近く高熱に苦しんだ。久保さんは「化学物質を大量に浴びてほかの臓器も傷つき、合併症が出やすいのだろう」と考えた。発熱が治まると、再発を予防するための抗がん剤治療が始まった。胆管がんの治療では通常、ゲムシタビンという点滴薬と、TS-1という飲み薬が使われるが、化学物質が原因の症例ではデータがなかった。久保さんからは「抗がん剤がどれほど効果があるのかはわからないが、とにかく使ってみましょう」と勧められた。点滴は週に1度通院する必要があるため、飲み薬だけにした。薬は1日2回。副作用で肌が硬く、がさがさになり、特にひじの内側がかゆくてたまらなかった。こらえきれずにかきむしると、血が出て、さらに荒れがひどくなった。手術費や2カ月半の入院費は50万円を超えた。印刷会社の元同僚や支援団体に相談して、労災の申請をすることにした。胆管がんでの申請は、野内さんが17人目だった。(10月1日 朝日新聞 患者を生きる 労災で胆管に より)