胸腺腫が再発した秋田県湯沢市の元小学校教諭、近藤セツ子さん(60)は、2010年夏から抗がん剤治療を受けた。しかし、胸膜に散らばった腫瘍への治療効果はほとんど確認できなかった。「このままで、いいのかな」。迷いも生まれていた。その頃、平鹿総合病院(同県横手市)の主治医、斉藤礼次郎さん(56)から、「別の病院にも、話を聞きに行ってみませんか」と、セカンドオピニオンを受けることを勧められた。斉藤さんは肺や食道専門の胸部外科医だが、患者数が極めて少ない希少がんである胸腺腫の患者は、年に数人担当する程度。胸腺腫の中でも近藤さんのように再発する患者自体が少なく、斉藤さん自身も症例数が比較的多い病院の医師の意見を聞いてみたかった。肺がんなど患者数が多いがんなら標準的な治療がガイドラインとして示されている場合が多い。だが、近藤さんのように希少がん患者の場合は、選択した治療が正しいのか判断する物差しが少ない。文献を探し、学会で同じような症例が取り上げられる時には足を運び、情報収集に取り組んでいた。セカンドオピニオンは、東京都内の症例数が比較的多い病院に聞きに行くことになった。「良い治療法が見つかれば、秋田から通うか、アパートでも借りて東京に住むことを考えよう」。対応した医師からは、いくつもの治療方針が示された。抗がん剤治療を続けるか、腫瘍が大きくなったら放射線治療をするか、しばらく経過観察をするか・・・・。「絶対的な治療法は、ここにもないんだ」。近藤さんはそれまで、症例数が少ない病院で治療を受けることに不安もあった。だが、どこであっても、いくつかの選択肢の中から主治医と相談しながら、治療を受けるしかないようだ。「悩みに悩んで、今もまだ悩んでいる。お互い一緒に勉強しているようなものです」と斉藤さん。近藤さんは、治療への迷いも含めて正直に話してくれる際等さんに、信頼を感じていた。現実的には、高齢の夫の両親もいる家を離れて治療を受けることも難しい。地元で治療を続ける決意が固まった。(11月5日 朝日新聞 患者を生きる 胸腺腫より)