胸腺は、左右の肺に囲まれた縦隔の一部で、胸骨の裏側あたりにある器官だ。子どもの頃は白血球の一種「Tリンパ球」を育てる機能があるが、徐々にその役割を終える。胸腺の細胞から発生する腫瘍がん「胸腺腫」で、腫瘍細胞が増殖するスピードは比較的遅い。国立がん研究センター中央病院呼吸器内科の後藤悌さん(38)によると、腫瘍が相当進行しない限り、症状が出ないことが多いという。胸腺腫は、患者数が極端に少ない「希少がん」の一つで、国内の患者は人口10万人あたり1人未満という推計もある。筋力が低下する「重症筋無力症」などの自己免疫疾患の合併症がみられることがある点も特徴だという。治療の基本は、腫瘍を含めて胸腺を切除する手術だ。名古屋市立大腫瘍・免疫外科の矢野智紀准教授(49)によると、患者の7割以上はステージ1、2の早期で見つかり、手術すれば治るケースが多いが、まれに再発する。従来は開胸による手術が主流だったが、最近は体への負担が少ない胸腔鏡を使った手術が増えているという。抗がん剤や放射線治療が行われる場合もあるが、症例数が少なく、標準的な治療法は確立されていない。患者数が多い病気に比べ、臨床試験が行なわれにくく、治療薬の開発も遅れている。こうした中、日本肺癌学会など関連4学会が、胸腺腫患者の症例を集めてデータベース化する取り組みを予定している。矢野さんは「まずはデータを集めて病気を知ることが大事。そこから治療法の確立につなげたい」と話す。厚生労働省も今年8月、希少がんに関する報告書をまとめ、情報集約や研究推進などの対策に乗り出した。一方、胸腺にできる腫瘍には、胸腺腫よりも希少な「胸腺がん」もある。細胞の増殖がより速く、ほかの臓器へも転移しやすい。連載で紹介した胸腺腫患者で、秋田県に住む近藤セツ子さん(60)らが先月立ち上げた胸腺腫・胸腺がんの患者会「ふたつば」では、患者同士の情報交換や悩みの共有を目指している。問合せは、メール(setuko3023819@yahoo.co.jp)で。(1月7日 朝日新聞 患者を生きる 胸腺腫情報編より)