愛知県一宮市に住む女性(44)は2002年、初めて受けた人間ドックでコレステロールの値が低いと指摘された。「コレステロール値って高いと良くないけれど、低いのも問題なのかしら?」。当時、31歳。東海地方の地方銀行で、総合職として働いていた。夜遅くまで働き、寝るためだけに帰宅するような毎日だった。ホルモンの分泌異常が疑われ、のどに超音波を当てて調べる検査を受けた。さらに三重県四日市市にある四日市社会保険病院(現・四日市羽津医療センター)で、のどに針を刺して採取した細胞を調べる検査を受けた。検査の結果、医師から告げられた。「甲状腺がんです」。甲状腺はのどにある臓器で、新陳代謝や成長にかかわるホルモンを分泌する。女性の場合、左側に1センチほどの腫瘍ができていた。「がん」という言葉に驚いたが、続く医師の言葉に戸惑った。「甲状腺がんの中でも、進行がゆっくりな乳頭がんというタイプです。手術をお勧めしますが、それほど緊急性はありません」。乳頭がんは甲状腺がんの85%を占める。進行が遅く、若い人ほど、経過がいいとされる。手術で腫瘍を取ればほとんどの場合、再発しない。腫瘍が1センチ以下なら取らずに経過をみることもある。迷ったすえ、「ずっとがんを持ったままでいるのは嫌なので、手術します」と答えた。手術では、甲状腺の約3分の2を切り取った。さらに、甲状腺の裏に四つある副甲状腺のうち二つを摘出した。手術後、首元に傷痕が残ったが、冬を迎える時期だったため、服で覆えばそれほど気にならなかった。ただ、摘出した甲状腺や副甲状腺の働きを補うため、毎日、複数の薬を飲むことになった。「これから一生、薬を飲み続けるなんて・・・」と感じる一方、早く治療を受けられて良かったという安心感も強かった。手術後は月1回通院し、血液検査でホルモンのバランスを確かめ、超音波検査で再発がないかどうか確かめた。検査の間隔は徐々にあき、がんを患ったことを振り返ることもほとんどなくなった。再び異変が起きたのは、その9年後だった。(11月10日 朝日新聞 患者を生きる 甲状腺と新薬より)