甲状腺がんが肺に転移した愛知県一宮市の女性(44)は2012年5月、検査により「放射性ヨウ素内用療法」では十分な治療効果がないことが分かった。同じ頃、愛知県がんセンター中央病院では、転移などで手術ができない甲状腺がんを対象に、新しい分子標的薬の効果や安全性を確認する臨床試験(治験)が始まっていた。医師から情報提供を受けた女性は、この治験に参加することを決めた。治験では1日1回、決まった時間に錠剤を飲む。6月中旬から服用が始まった。しばらくして、薬の副作用に見舞われた。下痢が続き、体がふわふわする。ふわふわとした感じは、ふだん120程度の最高血圧が160に上がったためだった。「体の中でいったい、何が起きているんだろう」。怖くなった。同センターの主治医、谷口浩也薬物療法部医長(37)のもとを定期的に訪れた。血圧を抑える薬も飲むようになった。副作用がひどくなると、服用を休んで、薬の量を段階的に減らした。開始から3カ月後のCT検査では、肺の腫瘍が縮小していた。しかし、女性はもともと、がんの症状がなかった。「薬を飲むことで、なんでこんなつらい思いをしなくちゃいけないのか」。そんな疑問にかられることもあった。治験に参加してから3年が経った今年5月、新薬はレンビマ(一般名レンバチニブ)という名前で発売されることが決まった。「これからは、いつでも薬が買えるようになるので、しばらく薬を休みたいです」。女性は谷口さんに伝えた。谷口さんは「いまは進行がゆっくりでも、この先ずっとそうとは限りません。3カ月に1度、必ず検査を受けに来てください」と応じた。女性は今、子育てに忙しい日々を送りながら、休日は家族でキャンプに出かけるなどしてリフレッシュを心がけている。この秋に受けた検査では、転移した腫瘍は大きくなっていなかった。ただ、この先、がんが進めば服薬を再開する可能性はある。「定期的に検査をうけながら、今できることを楽しみながら、病気と長く共存していきたい」。そう考えている。(11月13日 朝日新聞 患者を生きる 甲状腺と新薬より)