むせかえるような激しいせきが、止まらなくなった。流通ジャーナリストの金子哲雄さんが、体調の異変をかんじたのは2011年。40歳のころだった。身ぶり手ぶりを交え、お得な買物情報を分かりやすく解説するスタイルがお茶の間で人気を呼んでいた。テレビやラジオの出演をこなす多忙な日々の最中だった。ただ、鏡を見ても顔色は悪くない。「大丈夫。忙しいから、ちょっと疲れているだけ」。そう自分に言い聞かせた。一方、妻の稚子さん(48)はいやな予感がした。「絶対におかしい。検査して」。苦しそうにせきをする様子を見て、哲雄さんに強く勧めた。「年のため、検査を受けてみようか」。6月上旬、都内の病院で胸部のCT検査を受けた。数日後、検査の結果を医師から告げられた。「末期の肺がんです」。突然の宣告。全身から力が抜けていくのが分かった。「僕、死んじゃうんだ・・・」。哲雄さんから電話で連絡を受けた稚子さんも、「うそでしょ」と返事するのがやっとだった。病状を詳しく調べるため、肺の細胞を取る検査を、都内の別の病院で受けた。6月上旬、肺がんの一種「肺カルチノイド」と診断された。初めて聞く病名だった。画像診断の結果、直径約9センチの腫瘍が、左右の肺にまたがるように広がっていることが分かった。肺カルチノイドは比較的進行が遅い病気だ。しかし、すでに肝臓や腰の骨にも転移していて手術や放射線治療は難しい状態で、化学療法の効果も見込めないという。思えば、せきのほかに、顔がむくむ症状も出ていた。腫瘍によって静脈が圧迫され、血行が悪くなったのがむくみの原因だった。これといった治療法はない・・・。医師の言葉に納得できず、都内の大学病院などを回ったが、答えは同じだった。見捨てられたように感じ、落胆と怒りの気持でいっぱいになった。「なぜ、自分がこんな目にあわなくてはならないんだろう」。現実を受け入れられず、自宅の部屋に戻ると涙が止まらなくなった。(11月17日 朝日新聞 患者を生きる 金子哲雄の旅立ち より)