肺がんの手術後に脳転移が見つかった愛知県の会社員の男性(58)は、新たな転移が発見されるたびに「サイバーナイフ」を使った放射線治療を受けた。仕事もこなし、家族と平穏な日々を送っていた。ところが2013年6月、「事件」が起きた。夜中、長女が低い響くような物音に気付いた。寝室で寝ていた男性の様子を見に行くと、ベッドの上でよだれを流してうなり声をあげていた。呼びかけに反応はなく、体を震わせていた。救急車が到着しても、男性は手足をばたつかせていた。5,6人の救急隊員に総がかりで担架に乗せられ、ベルトで体を固定された。愛知医科大学病院(愛知県長久手市)に向かう救急車の中で意識が戻った。発作のことは覚えていなかった。救急外来で診察に当たった脳神経外科の医師は「脳腫瘍から出血し、周りの脳神経が刺激を受けてけいれん発作が起きたのでしょう。脳腫瘍の患者さんには、時々あります」と家族に説明した。男性は2週間ほど入院し、薬物治療を受けた。運転中に発作を起こす可能性があるので、家族に説得されて車の運転をあきらめた。通勤も自転車に切り替えた。治療を受け続ける自分への「ご褒美」として、少し値が張るものを買った。通勤だけでなく、仕事の外回りにも自転車を使い、1日に40~50キロ走るようになった。自転車に乗っていると、爽快感から病気のことも忘れられた。95キロあった体重は半年ほどで70キロになり、服のサイズがXLからMになった。コレステロール値も改善し、呼吸器内科の主治医に「生活習慣病からは、いち早く開放されましたね」と言われた。ただ、がんの転移はその後も続いた。2014年7月には、肺への転移が見つかった。肺の腫瘍でも、サイバーナイフで放射線治療を受けた。腫瘍は縮小したが、3カ月ごとの検査は続いている。「またいずれ、サイバーナイフのお世話になるかもしれません。でも私は、病気になったのが、そんな技術がある時代だったことを、運がいいなと思っているんですよ」。(11月27日 朝日新聞 患者を生きる サイバーナイフより)