「こんな小さいがんのために、残りの人生を棒に振るなんて」。2014年7月上旬、喉頭がんの疑いを告げられた、落語家の林家木久扇さん(77)は不安だった。人気テレビ番組「笑点」や寄席を休み出番を失ったら?収入は途絶え、弟子は離散、家族も路頭に迷う。悪い想像が駆け巡った。病気の進行度を示すステージは4段階のうち「2」。早期の喉頭がんと診断された。笑点のレギュラーになって45年。一度も休んだことがなかった。2000年、早期の胃がんになった。入院は約1カ月。看護師に付き添われ、点滴を付けたまま病院から番組の収録に向かった。人を笑わせる仕事でもあり、イメージを考え、退院後も病気を隠し通した。母親が亡くなったときも、笑顔で舞台に上がった。笑点は今年5月に放送開始50年目を迎える。無欠席でその日を迎えることが目標だった。治療は、放射線を中心にすることになった。人前に出る落語家という仕事。東京慈恵会医科大病院(東京都港区)耳鼻咽喉科の主治医、加藤孝邦さん(66)は、病気を治すことはもちろん、声をきちんと残し、見た目にも大きな影響が出ないことを考慮した。初期の喉頭がんの場合、放射線治療の効果は高く、喉頭をそのまま残せて自然な声を残せる。抗がん剤を合わせて使うこともある。がんが進むと手術も選択肢になる。喉頭の部分切除や全摘出をする。全摘出の場合、声は失われる。左右の声帯が振動することで声が出るが、木久扇さんは声帯付近に腫瘍ができてうまく振動しなくなり、声の出が悪くなっていた。放射線治療が始まると、副作用で一時的にもっと声がれがひどくなる恐れもある。声が出ない以上、仕事は休まざるを得ない。笑点は2014年7月20日放送分を最後に休むことにした。寄席や地方公演の予定もキャンセルした。「より一層おもしろくなって皆様の前に帰ってまいります」。放送翌日、報道各社にファクスを送り、病気を公表した。翌日から週5日の通院治療が始まった。「一刻も早く自分の場所に戻ってみせる」。自分に言い聞かせた。(4月15日 朝日新聞 患者を生きる 木久扇の声より)