胃と小腸にがんが見つかった、元お笑いコンビ「ゆーとぴあ」の城後光義さん(65)は2014年1月2日、病院を抜け出し、東京の浅草演芸ホールにいた。手術を2週間後に控えていた。「新春!お笑い名人寄席」の楽屋で、出番直前まで栄養補給のために点滴を受けていた。本番になるといきなり持ち芸の「ゴムぱっちん」を披露。爆笑に包まれながら舞台を走り回った。「医者からはやめなさいと言われたけど、芸人は舞台で死ねば本望だから。でも、本当に死にそうだったな」。実は城後さん、このステージが人生最後の舞台になると考えていた。「もしかしたら、手術ができない可能性がある」。東京共済病院(東京都目黒区)の外科系診療部長、後小路世士夫医師(54)から、そう聞かされていたからだ。城後さんの胃がんは原発性だったが、小腸のがんは以前に切除した肺がんから転移したものだった。小腸はがんが出来にくいとされているが、城後さんが患った肺の「多形がん」の場合、小腸に転移することがあるという。腫瘍が大きく張り出し、小腸の空腸部分のほとんどをふさいでおり、栄養を極めて摂取しにくい状態になっていた。このため、がんを切除した後に腸などをつなぐのに不可欠なたんぱく質「アルブミン」の血中濃度が極端に低くなっていた。後小路医師は話す。「内臓の手術をする外科医がいちばん恐れるのが、切除した後の胃や腸がうまく接合せず、体内に内容物が流れ出すことです。くっつく可能性が低ければ、がんを切除できませんから」。いかに体内のアルブミンの量を増やすか。それが課題だった。城後さんは手術までの3週間、一日中、首元から管を入れ、点滴で栄養を補い続けた。それでもアルブミンの血中濃度は思うように高くならなかった。「開腹しても、状態によってはがんを切除できない可能性もある」との前提で、手術は2014年1月16日に行われた。胃の腫瘍は直径5センチ、小腸もこぶし大で予想以上に大きかった。このため、手術は何度も中断し、約8時間もかかった。(5月6日 朝日新聞 患者を生きる 闘病も笑いにより)