●短歌に重ねた夫との時間 今も携帯電話の待ち受け画面にメモしている短歌があります。一日が過ぎれば一日減っていく君との時間 もうすぐ夏至だ (乳がんで亡くなった)歌人河野裕子さんの旦那さん(永田和宏さん)の歌です。5年前、53歳だった主人が末期のすい臓がんを宣告され、治療はせず自宅で過ごしていた頃に知りました。私は会社を休み、一緒に過ごしました。「ああ、おいしいねえ」と好きなものを食べ、「海が見たい」とドライブ。本当にきままに自由に、でも残された時間は悲しいまでも確実に減っていく。そんな日々でした。この歌を知って、あまりにも気持が分かりすぎて怖いくらいでした。ただ、覚悟は持てました。一日一日を、普通に、本当に普通に過ごすしかないし、それが最善なのだと。主人はその年の6月に旅立ちました。夏に向かう頃、この歌とともに、あの覚悟と、主人の「おいしいねえ」を思い出します。 愛媛県 矢野景子 49歳 ●気持を言葉にできた 8年前に子宮体がんの手術を受けました。手術後、抗がん剤治療中に、姉に勧められて短歌を詠み始めました。その後、再発して放射線治療も受けました。 癌病めば尚背を伸ばし歩み行く我に光れる春の白雲 病院の窓から見た光景に、「負けてはいられない」と決意し、最初に生まれた歌です。短歌で気持を言葉にできると、晴れやかな気分になりました。歌がなかったら、闘病を乗り切ることは出来なかったかもしれません。連載中の「短歌とがんは相性がいい」という言葉はその通りだと思います。真剣に死を見つめ、絶望と希望を味わうからでしょう。ベッドの上でもできることがあれば、患者にとって大きな支えになると思います。今も再発が不安になることもありますが、明る区元気に過ごしています。いつか歌集を出すことが夢の一つです。大阪府 関原和子 66歳 (4月4日 朝日新聞 患者を生きる 読者編より)