今の病院で新人産科医として働き始めたのは、今年4月。合併症と闘う母親がいて、双子以上の多胎妊娠もある。絶え絶えの息で「赤ちゃんは大丈夫ですか?」と何度も尋ねられる。危険な状態で意識を失った妊婦とは手術室で向き合う。リスクの高いお産を専門に扱う周産期センターだから、夜中も休日も電話1本で呼び出される。少子化が進む、医大時代の友人に「どうして産科医に?」と不思議がられるが、信念は変わらない。「命を生み出すことにかかわることが、生かしてもらった者の恩返し」。目前まで迫った死を乗り越えたいま、そんな思いが強い。生まれたばかりの赤ちゃんは全身で震えながら、元気な泣き声を上げる。「生きて生まれてよかったなあ。いよいよ人生、これからだぞ」。いとおしさがあふれた顔で我が子を抱く母親を見て、天国の美知子さんを思う。(朝日新聞)