「待て!」「よし!」。体の引き締まった黒のラブラドールレトリバーが、かけ声に合わせてきびきび動く。2007年5月。和歌山市の豊田富史さん(69)は「息子」の活躍に上機嫌だった。オスの「ヴィーナ」は当時5歳。京都であった家庭犬の訓練競技会に出場し、初めて1位を獲得した。消防士だった。定年の2年前に持病の腰痛が悪化して退職。その後は、愛犬を車に乗せて競技会を回るのが趣味だった。ヴィーナが初優勝した翌月、近所の診療所で成人病の検査を受けた。体調に不安はなかったが、妻の嘉子さん(69)が検査するというので、「自分もついでに」という気持だった。血液検査で肝機能が悪いことがわかり、翌週、超音波検査を受けた。医師は器具をおなかに当て、画像を見ながら言った。「肝臓にややこしい影がある」。MRIで調べると、肝臓に1カ所、腫瘍があった。「良性か悪性かは分からないが、精密検査を受けたほうがいい」。県内の総合病院を紹介され、すぐに向かった。ところが、診療科をたらい回しにされ、検査の日程すら決まらない。(4月23日 朝日新聞 患者を生きる 消化器 肝臓がん より)