2014年1月、精巣腫瘍を告げられた神奈川県の男性(37)は、県内の総合病院からすぐに妻(32)の携帯電話に連絡した。「僕はしっかりしているから心配しないで」。診断書を持って勤務先に行き、上司に「がんの疑いが強いと診断されまして、今から入院することになりました」と説明した。上司は「しっかり治してください。仕事のほうは何とかします」と励ましてくれた。病院に戻り、そのまま入院。妻が身の回りの物を届けてくれた。ベッドに横になり、スマートフォンで「精巣がん」について調べた。告知の時はどこか上の空で、医師が言った内容がよく理解できていなかった。国立がん研究センターなどのサイトを見ると、精巣腫瘍になるのは10万人に1人で、9割が悪性と書かれていた。20~30代に発病のピークがあり、発病の原因はわかっていないということだった。精巣腫瘍は非常に進行が早いため、手術は2日後と決まった。腫瘍のある右側の精巣だけを摘出し、異常のない左側は残すことになった。ただ、抗がん剤治療によって無精子症になる可能性があり、これから子どもを希望するのなら、治療前に精子を採取して凍結保存することもできると、医師から言われた。男性は妻と相談し、すでに子どもが2人いることから、精子凍結をする必要はないと答えた。体のどこにも痛みはなかった。食欲もある。体調はふだんと変らないのに、自分は病院のベッドの上にいる。「今朝まで自宅で妻子と過ごしていたのに・・・」。薬剤の点滴が始まり、絶食となった。ベッドの横に掲げられた「禁食中」の札を見ると、いよいよ手術が始まることを思い知らされた。当日、手術は1時間ほどで終了した。手術後の病理検査の結果、摘出した精巣の腫瘍は、がんと確定した。肺への転移だけでなく、腹部のリンパ節、脳への転移も確認された。進行した状態のステージ3Cと診断された。それでも、男性は妻子のために気持を奮い立たせた。「絶対に生きてやる」。(9月2日 朝日新聞 患者を生きる 精巣の摘出より)