腎がんの「凍結療法」を受けるため、栃木県真岡市の田口成一さん(88)は2014年12月初め、茨城県立中央病院(笠間市)に入院した。治療室の寝台に手術着1枚でうつぶせになった。治療は局所麻酔で行われ、意識ははっきりとしていた。左腰に麻酔の注射を打つ時だけ痛みを感じた。凍結に使う針を刺す治療は、CT画像で患部の状態を確認しながら進められた。腎臓の位置は、息を吸ったり吐いたりするたび上下に動く。そのため、患者が息を止めている数秒の間に針を刺す必要がある。「息を吸って。はい、止めて」。田口さんは主治医の児山健さん(39)の呼びかけ通りに、何度も呼吸を凝り返した。途中で首がしびれて痛くなったが、体を動かさないように言われた。大きさ約3.5センチのがんに対して、背中側から計4本の針を刺した。針を刺すまでの準備と凍結とで合わせて約3時間かかった。治療が終わると、気が抜けたせいか、急に寒気で震えが止まらなくなった。電気毛布で体を温めてもらった。翌朝は通常の病院食を食べ、5日後に退院した。CT検査で、がん細胞が死滅したことが確認できたという。左腰や足の付け根あたりにしびれのような違和感があったが、次第に改善している。数ヶ月に一度、尿や血液の検査、CT検査を受けており、経過は良好だ。現在、がんの凍結療法は小さい腎がんに対してのみ保険適用される。高齢者あったこともあり、最終的に自己負担は数万円で済んだ。「保険が適用されていなかったら、この治療を選べなかったかもしれない」とも感じた。治療後、スポーツや老人会の集まりで再び忙しい日々を送る。同世代の人たちには「腎がんになって、凍結療法を受けました」と折に触れて話している。興味を示す人も多く、「詳しく教えて」と声をかけられることもある。90年近く生きてくれば、いろいろな思いをするが、病気で治療法がないというのは、精神的にかなりきつい経験だった。「この治療法や、信頼できる医師に出会えたことは、ありがたい巡り合わせだった」とかみしめている。(8月28日 朝日新聞 患者を生きる 腎臓の凍結より)