徳島県鳴門市の会社員野内豊伸さん(37)は2012年5月、かつて勤めた印刷会社の同僚が相次いで胆管がんで死亡したことをニュースで知り、自分もがんではないかと疑った。近くの病院で診察を受けたがはっきりわからず、経過観察になった。元の勤務先に連絡しても「検診費用は支払う」という事務的な対応しかなかった。波紋はその後も広がった。問題を指摘された印刷会社は従業員13人が胆管がんを発症し、うち7人が死亡していたほか、宮城県内の別の印刷会社でも2人が発症していた。印刷機械の洗浄剤に含まれていた化学物質が、呼吸や皮膚を通じて体内に入り、胆管に運ばれて発症につながったと見られた。胆管がんの診断は専門医でないと難しい。大阪市立大病院(大阪市阿倍野区)に同年8月、「胆管がん特別外来」が設置された。肝胆膵外科の久保正二医師は「患者はもっと増えるだろう。どこを受診すればよいかわからない人のために、窓口が欠かせない」と考えていた。不安な日々を過ごしていた野内さんは、テレビで「特別外来」の存在を知った。問題の会社で働いていたことや、肝機能の数値などを予約時に伝えた上で、11月に病院に出向いた。自覚症状はなかったが、改めてCTを撮ると、肝臓内が白く写った。肝臓で作られた胆汁が流れる細い胆管が詰まっていた。診察に当たった久保さんから「胆管がんですね。間違いありません」と告げられた。覚悟はしていたので、その言葉にもうろたえずに済んだ。通常は、がんの広がりや転移の有無でステージが決まるが、野内さんの場合は、化学物質の影響で臓器全体がダメージを受けている可能性が高かった。胆管がんは症状が出にくいため、倦怠感や黄疸などが現われる段階になると、がんが肝臓やリンパ節に転移して手術が難しくなってしまうことが多い。説明を終えた久保さんは、こう切り出した。「今から手術しますか」。予約時に伝えられた経歴などから、病院はすぐにでも手術ができるよう、態勢をあらかじめ整えていた。(9月30日 朝日新聞 患者を生きる 労災で胆管に より)