胆管がんの手術を受けた徳島県鳴門市の野内豊伸さん(37)は2カ月半後の2013年4月、大阪市立大病院を退院した。入院中、元勤務先の印刷会社で使われた二つの化学物質が、がんの原因だろうとする厚生労働省の調査がまとまった。大阪労働局の強制捜査で、印刷会社が法律で義務付けられた換気方法を当時とっていなかったこともわかった。労災申請が認められ、同年5月に支援団体の関西労働者安全センターで記者会見をした。「貯金を取り崩していたので、ほっとした。追い詰められた気持で治療をしている」。報道陣に訴えた。秋に復職したものの、体の調子はなかなか戻らなかった。すぐに疲れを感じ、風邪をひくと熱が長引いて3日は寝込んだ。主治医で、大阪市立大病院肝胆膵外科の久保正二さんは、化学物質が原因と考えられる胆管がん患者の症例を見ながら「通常よりも再発率が高いかも知れない」と、野内さんに説明した。再発は、がん細胞が血液に乗ってほかの臓器などに移動して生じることが多い。だが、野内さんの場合、胆管全体や肝臓も傷ついていて、がんになる直前の状態が、あちこちにある可能性があった。今年4月、定期検査で受けたCT撮影で、肝臓の外側にある太い「総胆管」と呼ばれる部分にがんが見つかった。「とかげのしっぽみたいに、また出てくるもんやな」。予想はしていたが、落ち込んだ。すぐに2度目の手術を受け、胆管の一部と、がんになりかかっている部分を切除した。1週間後、病院のベッドに寝ていると寒気を感じ、発熱した。傷口の化膿が原因で一時は40度に達した。「このまま死ぬのか」。高熱は4日間続いた。退院した後、印刷会社から補償金が支払われた。それで体が元に戻るわけではない。今も月に1度診察を受け、抗がん剤を飲み続けている。ただ、落ち込んでばかりいられない。以前ほどは飲めなくなったが、同じ趣味の仲間とたまにバーに集まってワインを飲み、病気のことを一時忘れる。「体のことは、気楽に考えるしかない」。今はそう思っている。(10月2日 朝日新聞 患者を生きる 労災で胆管に より)