早期の胃がんを内視鏡で切除した千葉県の中沢幸平さん(74)は2年後の2003年、胃潰瘍とともにピロリ菌の感染が確認された。主治医の国立がん研究センター中央病院内視鏡科の小田一郎さんに除菌を勧められた。「ピロリ菌」という言葉を聞くのは初めてで、戸惑った。胃にすむこの細菌は、胃の粘膜を攻撃するため、慢性胃炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃がんを起こす原因の一つになっていることを、小田さんに説明された。感染には水の衛生状況が大きく関わっており、上下水道の整備が遅れていた時代に育った高齢者に感染が多いということだった。「お願いします」。中沢さんは迷うことなく、除菌を受けることにした。小田さんから「除菌の成功率は1回では7、8割。失敗しても薬を変えてもう1週間続けることで、成功率は9割以上になります」と言われた。公的医療保険を使うことができた。中沢さんは、胃酸の分泌を抑える薬と2種類の抗菌薬の計3種類を、朝夕1回ずつ、7日間飲むことになった。「この薬で胃が元気になってくれるのなら」。飲み忘れをしないように、飲んだら必ず手帳に記録した。服薬中はアルコールが禁止されるが、食事はふだん通り食べることができた。気分が悪くなるなどの副作用は出なかった。約2カ月後、血液検査で除菌がうまくいったことがわかった。中沢さんは公務員を定年退職し、嘱託として同じ職場で働いていた。「胃がんは早期で治り、ピロリ菌も除菌できた。嘱託勤務が終わる65歳からは、好きな旅行を楽しみながら生きていけるな」と心の中で喜んだ。うれしそうな表情えおしている中沢さんに、小田さんがこう注意をした。「ピロリ菌の除菌によって胃がんになるリスクは減りますが、ゼロになるわけではありません。いままでのように半年か一年に一度、定期的に検査をしなければいけません」。翌2004年、定期検査で新たな胃がんが見つかった。胃の中央部にあり、大きさは約1センチだった。(1月4日 朝日新聞 患者を生きる ピロリ菌より)