華やかなテレビの世界に身を置き、ゴルフとおいしい食べ物を楽しむ生活から、孤独な病室で大量の薬を浴びるように体内に入れる生活へ。「激変した生活に耐えられたのは、孝行時代の体験があったから」と大塚さんは話す。入学した東京都立両国高校は、当時は年50人ほどが東大に入る進学校。小中学高で「学力では向かうところ敵なし」だった大塚さんだが、どれだけ勉強しても、授業以外は全然勉強しないトップ10の生徒にかなわない。その両国高の上に都立の超進学高が何高もあった。「小さな存在でしかない自分は、与えられた場所で耐えるしかない」と悟ったという。治療中、唯一の楽しみは、「温泉、ゴルフ、おいしいもの」について考えることだったが、あるとき大失敗をしでかす。一時退院した後、病院に戻って血液検査をしたところ、生肉で感染することは多いカンピロバクター菌という食中毒菌が検出されたのだ。医師は首をかしげながら、「一時退院のとき、なにか鶏肉を食べませんでしたか」と尋ねた。思い当たったのは、焼き鳥屋で、突き出しの鶏肉の生のたたきを食べたことだった。カンピロバクター菌の細菌感染から胸の内側にヘルペスができ、眠れないほどの痛みが数週間続いた。抗がん剤治療も1カ月ほど中断された。後日、「11カ月の入院中、あのときは感染症が広がる可能性があり、一番のピンチでした」と医師から聞かされた。(4月8日 朝日新聞 患者を生きるより)