進行した4期の大腸がんになった千葉県市川市の産婦人科医、斉藤信彦さん(68)は2007年11月、大腸の一部に加えて、転移が見つかった肝臓の一部を切り取る手術を受けた。しかし、その後も肝臓への転移が新たに見つかり、2008年9月と2009年7月にも、手術で肝臓を切除した。がん研有明病院(東京都江東区)で受けていた術後の抗がん剤治療が終わったのは、2010年6月だった。「これでもう、治ったのかな」。安心感を抱き始めていた2011年3月、CT検査のあと、治療チームの松阪諭医師(46)から説明を受けた。「斉藤さん、肺に転移がありますね」。その言葉を聞き、ショックのあまり診察室の床にしゃがみ込んでしまった。右肺の下葉に腫瘍が1個見つかった。直径は7ミリ。「転移が肝臓に収まっているうちは大丈夫だが、さらに広がったら、もう助からないだろう」と感じた。しかし、松阪さんはこう付け加えた。「これは良いケースです。肺の中でも取りやすい場所に腫瘍がありますから」。その言葉を聞き、治療チームを信じて任せることにした。4月上旬。4回目となる手術を受けた。腫瘍とともに肺の下葉の一部を切除し、1時間20分で終わった。それから10日ほどで退院。その後は3カ月に1度、現在は半年に1度、検査を受けている。今年の春で、最後の手術から4年が経過した。体調は良好で、再発は見られない。「一日でもねばって長生きすれば、新しい治療法がきっと出てくる。がんの転移と今闘っている患者さんも、あきらめないでほしいですね」。地域に根ざした産婦人科医院の院長として、再び診療に取り組む日々が戻った。医院の待合室には、油性ペンで書いたビラを貼って、検診を呼びかけている。「いただいた命。現場の医師として、がん検診を患者さんに勧めたいと思います」。いまは、地域のがん患者を減らすために、少しでも役に立ちたいと願っている。(7月31日 朝日新聞 患者を生きる 転移と手術より)