2010年夏に肺がんと診断された保育士の女性(39)の次の試練は、「手術はできない」との通告だった。リンパ節に転移し、がんを取り除ける段階を過ぎていた。そのころ女性は、細胞のがん化だけを防ぐ「分子標的薬」という新しい薬のことを耳にした。肺がんは小さながん細胞が肺の中心部にできる「小細胞肺がん」とそれ以外の「非小細胞肺がん」に大きく分けられる。約8割を占める非小肺がんのうち最も割合が多く、肺の末梢にできる「腺がん」の原因になる遺伝子変異が発見され、この変異によって活性化された部分を阻害する薬の開発が進んでいる。これが分子標的薬で、当時「EGFR」という遺伝子変異に効果があるイレッサとタルセバという薬が実現していた。ただ、調べてもらうと、女性は腺がんだったものの、この遺伝子変異がなかった。子どもが小さかったこともあり、近所の専門病院に移り、通常の抗がん剤で治療した。約8時間かけて3種類の点滴薬を順に腕から体内に入れていく。吐き気や倦怠感、食欲不振に襲われ、1カ月もしないうちに全身の毛が抜けた。(3月4日 朝日新聞 患者を生きる 肺がん より)