千葉県市川市に住む斉藤信彦さん(68)は、地元で産婦人科医院を開業して30年余り。現役の医師として診療を続けている。2007年10月下旬、休みを取って、妻で眼科医の紀子さん(65)と1週間余り、カナダを旅行した。体に異変を感じたのは、その旅の最中だった。現地で教会巡りをしていたとき、急におなかが張り、背中に寒気を感じた。「帰国したら一度、検査を受けてみようかな」。痛みがなかったこともあり、それほど深刻には考えなかった。帰国後の11月上旬、「念のために」と、便の潜血検査を受けた。検査の結果、2回採取した便の検体は、両方とも「陽性」。血液反応が出ていた。その検査結果が印字された用紙を見て、急に不安がこみ上げてきた。「ヤバイな。もしかして、大腸がんかな、これは」。たばこは吸わず、毎日、地元のスポーツクラブに通って水泳を続けていた。健康には気をつけていたはずなのに、なぜ自分が・・・・。すぐに地元の病院を受診し、2日後に大腸内視鏡の検査を受けることになった。検査の当日。肛門から内視鏡を挿入してすぐのことだった。大腸の内部を映し出すモニター画面いっぱいに、赤みを帯びた腫瘍が広がっているのが見えた。そこから血がにじみ出ている様子も、画面から読み取れた。この日の検査では、いったん大腸の奥まで入れた内視鏡を、引き抜きながら腸内の様子を観察する予定だった。しかし、大腸の下部にあり、S字状に曲がっている「S状結腸」に腫瘍が大きく広がっていた。このため、内視鏡をS字結腸から先に進めることが難しい状態になっていた。腫瘍は直径4センチほど。肛門から約8センチのところにできていた。「しっかり検診を受けていれば、もっと早く見つけることができたはずなのに」と深く後悔した。「医者の不養生です。『自分だけは大丈夫だ』という気持が、どこかにあった。(7月28日 朝日新聞 患者を生きる 転移と手術より)