肺がんの転移が見つかった神奈川県の主婦渡辺久子さん(68)は2010年、分子標的薬「アファチニブ」の臨床試験(治験)に参加し、新薬を飲むことになった。この薬は同じタイプの従来の薬より効果が高いとされる一方、副作用が強いことが指摘されていた。渡辺さんを特に悩ませたのが、体中にできた湿疹。水ぶくれがつぶれてべとつき、下着や枕が汚れた。ひどいかゆみで眠れず、睡眠薬を飲むほどだった。治験で毎日服用したのは1錠40ミリグラム。神奈川県立循環器呼吸器病センター(横浜市)の主治医、加藤晃史さん(50)は「薬の量が多すぎる」と判断。服用を2週間休み、段階的に30ミリグラム、20ミリグラムと減らしてみた。渡辺さんは皮膚科の医師に相談して、かゆみ止めの薬やステロイドの塗り薬を処方してもらい、乾燥を防ぐ保湿剤を塗った。副作用の対策と薬の減量とで、湿疹とかゆみは次第に落ち着いた。渡辺さんは効果が落ちることを心配したが、加藤さんは「むしろ適正な量ですよ」と励ました。つらい副作用に耐えて治療を続けられたのは、薬の効果が実感できたからだった。CT撮影するたびに腫瘍は徐々に小さくなり、腫瘍マーカーの値も下がった。結果を聞くたび、「薬の効き目が長く続きますように」と祈った。薬を飲み始めて1カ月が過ぎた頃、今度は手足の爪の周りが炎症を起こす「爪囲炎」にもなった。爪の周りの肉が盛り上がり、赤く腫れて痛んだ。痛みのせいで靴を履けず、冬でもサンダルで外出するほどだった。テーピングで皮膚を保護し、痛みを防いだ。分子標的薬には使っているうちに薬が効かなくなる「薬剤耐性」が起きる。縮小していた腫瘍が再び大きくなり始め、薬の効果が見られなくなった2013年8月に治験の参加を終えた。薬の服用は3年5カ月続いた。加藤さんは「本人が皮膚のケアに熱心に取り組んだからこそ長く続けられた」と話す。がんが見つかったのが2008年。渡辺さんは「振興した肺がんで、まさか7年も元気でいられるとは思っていなかった」という。今年の春からまた新たな抗がん剤の治験に参加し、がんと闘い続けている。(8月7日 朝日新聞 患者を生きる 副作用と向き合うより)