精巣がんで右側の精巣を摘出した神奈川県の男性(37)は今年2月、県立がんセンターで約1年間続いた抗がん剤治療を終えた。ただ、がんの縮小レベルを示す腫瘍マーカーの値は目標まで下がり切らなかった。さらに続ける選択肢もあったが、副作用で手足のしびれが出て、歩くことが困難になってきたため中止した。脳に転移したがんは、抗がん剤治療の効果で消えていた。両肺に転移していたがんが壊死してしているかどうかが当面の焦点となった。肺のがんが壊死していなければ、抗がん剤治療が再開される。それは、再び入院生活が始まることを意味する。判定には、胸腔鏡を使って肺の組織を取らなければならない。体に負担がかかり何度も繰り返すのは困難なため、血液中の腫瘍マーカーの値は限りなくゼロに近づくことが求められる。男性は退院後も月2回、腫瘍マーカーの検査のために病院に通った。5月中旬の検査で、数値がゼロまで近づいてきた。6月始めに肺の組織を取った。精巣がんは、固形がんの中では治る可能性が高いとされる。それでも検査の結果が出るまで、男性は祈る思いで過ごした。「1年間続いた抗がん剤治療の成績発表のような気持でした」。職場に復帰できるのか。子どもたちとまた楽しく過ごせるのか。この検査の結果にかかっている。ふだんは行かない神社に、何度もお参りに通った。約2週間後、結果が出た。採取した肺のはんは、すべて壊死していた。「本当によかったね」。主治医の岸田健さん(52)から声をかけられ、涙がこみ上げた。男性はいま、勤務先の産業医らと職場復帰に向けた話し合いをしている。早ければ9月中にも短時間勤務で仕事を始め、少しずつ勤務時間を延ばしていく予定だ。ときどき職場に顔を出すと、病気を知らない同僚が、丸刈りに近い男性の髪を見て「どうしたの?」と尋ねてくる。男性は笑って「ちょっと反省してきました」と答えている。がんになって、家族との時間をもっと大切にしようと反省してのことだから。(9月4日 朝日新聞 患者を生きる 精巣の摘出より)