広島県の女性(74)は2009年秋、健康診断の結果について近所の開業医から説明を受けた。「貧血があり、胃から腸から、出血していると考えられます。専門医を受診してください」。10月、広島市内の河村内科消化器クリニックへ行った。胃カメラの検査が終わり、診察室で河村譲理事長(71)に告げられた。「これはがんじゃけえ、全摘じゃあ」。全部取ることになる胃の画像を、女性は夫(75)とパシコンの画面で見た。「胃全体が白っぽくなっているように見えました」。夫が「先生、この白いのは何ですか」とたずねると、河村さんは答えた。「これががんよ」。夏ごろから、食事のあとに、胃が「ドボン、ドボン」とする感じがしていた。食べ終わるとつらくなり、横になっていた。だが、重い病気とは認識していなかった。父親も胃がんで手術を受けていた。「5人きょうだいの中で、自分だけが受け継いだのか」と思った。ただ、不思議と悲観的な気分にはならなかった。「なってしまったもはしょうがない」。河村さんの説明に納得できたので、涙は出なかった。ただちに、広島市民病院外科の二宮基樹医師(64)を紹介された。夫は二宮さんに「早く手術してください」と訴えた。「すぐに手術すればいいというものではありません。まずは検査をしないと」と二宮さん。女性はCTや血液などの精密検査を受けた。がんは胃の出口に近いところに広がっていた。胃の表面にできたがんが胃壁を突き抜けて外に広がっており、ステージ3から4の胃がんと考えられた。手術は11月の予定だった。だが、予定日の数日前に改めて撮ったCT画像を見た二宮さんらが院内で協議の末、手術を延期することを決めた。以前の画像と違い、広がったがんが膵臓にくっついている可能性が疑われたからだ。女性は近所の人との井戸端会議で」胃がんは治りやすいが、膵臓へひろがったら大変」という話を聞いていた。「膵臓」という言葉に、最初に胃がんと言われたときよりも強い衝撃を受けた。(6月30日 朝日新聞 患者を生きる より)