栃木県真岡市の田口成一さん(88)は2014年、カレンダーが毎日予定で埋まるほど忙しい日々を過ごしていた。ゲートボールを週に3回。週2回のグラウンドゴルフは競技団体の役員として大会の運営にたずさわった。フランス発祥の球技「ペタンク」の練習も週1回あり、地域の老人会の会長も務めていた。8月、胃腸薬などをもらうため、毎日通う近所のかかりつけ医からこう言われた。「今日は顔色が悪いな。血液検査をしませんか」。検査の結果、輸血が必要なほどの貧血状態だとわかった。後日、妻のとくさん(81)や長女の付き添いで、近くの総合病院を受診した。貧血の原因を調べるため、胃カメラと大腸内視鏡検査、CT検査を受けた。CT検査の結果、思いがけず異変が見つかった。「左の腎臓に3.5センチ大の腫瘍があります」。腫瘍は悪性で、がんだという。「がんなのか。俺も現代病になったのか」。約60年前、肺結核にかかった。治療で肋骨7本を切除し、右肺の機能を失った。入院は1年間に及んだ。「がんの治療といっても、あのときに比べれば、まだましだろう」。そんな思いがよぎった。この総合病院では、「経過観察で、しばらく様子をみる」という。積極的な治療をしたい、と別の総合病院に紹介状を書いてもらった。だが、紹介先の病院の泌尿器科でも、「開腹手術は難しい」と言われた。腎がんの中心的な治療は手術だが、田口さんは高齢で、肺活量も少なく、全身麻酔による手術はリスクが高いという。「手術に踏み切っても、麻酔から目が覚めない恐れがあります」と説明された。「年齢的にがんの進行は遅い。治療をしないでも生活に支障なく、4,5年は過ごせるでしょう。「90歳近くになれば、しょうがないのか」とあきらめる気持もあった。でも、仲間とのスポーツやお酒、旅行も楽しみたい。まだやりたいことが山ほどあった。「治療をしないということは死を待つようなものだ」。病院から見放されたように感じ、落ち込んだ。(8月25日 朝日新聞 患者を生きる 腎臓の凍結より)